佐竹食品グループでは、
お客様から頂いた「ありがとう」という言葉や、
ありがとうの理念を体現したエピソードを集め、
社内で共有しています。
毎年数百個のエピソードが集まり、
約10年で
数千個の「ありがとうエピソード」が集まっています。
今回はその中から30の
「ありがとうエピソード」をご紹介します。
2009年掲載
1970年代の話です。satake本店が今の場所に移るもっともっと前、元町本店での出来事です。その頃、野菜・果物・鮮魚はすべて対面形式の市場のような売り方をしていました。冷蔵庫もないようなところで「毎日売り切り」をモットーとした生鮮主体の商売でした。
レジはドライ部門のみ設けていて、もちろんバーコードなんかはなく、レジの担当が値段を覚えていてレジを打っていました。その他はすべて天井から吊り下げられたザルにお釣りが入っていて、その場で暗算してお釣りを返す、そんな商売の時代です。
そこに起きた“オイルショック”でした。トイレットペーパーや砂糖がなくなるという風評が日本中に起こり、スーパーや小売店の売り場にお客様が殺到して全国的に品切れが相次ぎました。当然当店でも砂糖は売り切れです。それどころか問屋さんにも全くない、注文しても納品されないという状況が続いていました。
そんな時、当店に業務用の砂糖が入荷しました。当時の社長(現会長)が、問屋さんではなく菓子・食品のメーカーさんにお願いをして卸していただいた砂糖だったのです。業務用の砂糖は20kgの袋入りでした。今では考えられませんが、食堂のお茶碗ですくって1kgずつ袋に小分けをしてお売りすることになったのです。
当然砂糖がない時期ですから、どんな値段をつけても飛ぶように売れたでしょう。しかし、社長はこうおっしゃったのです。「こんな時に儲けてはならない。お客様の足元を見るような商売はしてはいけない。すべて原価でお売りしなさい。」
従業員たちはかなり驚いたと思います。でもこの時に、困った時こそ地域のお客様に喜んでいただくことが、商売にとって何より大切なのだということを皆が学んだのではなかったでしょうか。お客様は長蛇の列をつくり、砂糖は飛ぶように売れました。
きっと仕入先様も「どうせ卸すなら佐竹食品に」「佐竹食品はこんな時に人の足元を見るような商売をする会社ではない」と分かっていたから、砂糖を卸してくださったのでしょう。そしてこのことは、佐竹食品と取引先様との信頼関係があったからこそ、また社長の人柄と信頼があったからこそできたことだと思います。
これは、お客様だけでなく、取引先様や全従業員にまで、佐竹食品の商売の真髄が伝わった瞬間でした。今でもそうですが、佐竹食品にあるのは「困った時こそ正直に、大変な時こそ相手の立場に立って行動する」という想い。これからもこの想いを忘れずに、お客様や取引先様に信頼される企業に、そしてそんな商売人のあふれる企業であり続けます。
2012年掲載
大池店がオープンして1年くらい経った頃、精肉部も売り上げも何とか安定してきました。しかし、もっともっとお客様を増やしたいと思い、出来るだけ売り場に立ち、お客様との会話の中からお客様のニーズを収集しようと思いました。パックが大きすぎることや、そのために値段が高いと言われる事が多々ありました。要望に応えようとパックを小さくしてみたり、枚数を減らしてみたりと色々なことを試してきました。
また、お客様づくりのひとつとして行ったことがあります。それは業務スーパー奈佐原店時代に、電話でお客様と、直接お話をさせていただくことでした。いきなりの電話ではなく、お店で何回か接客し、お客様のお肉の好みや世間話をした後で、「必要な商品や要望があれば直接お電話をしてください」と言って名刺に携帯電話の番号を記入しお渡しします。また逆に、お客様の好みの商品があれば、電話で連絡をさせて頂いたりもしました。
ある日、いつものようにお客様に丁寧に商品の説明をしていると、すごく感謝されて、その日から週に2回くらいの割合でご来店いただくようになりました。いつものように電話番号を記入した名刺をお渡ししました。その後、何回か電話で商品のご案内をさせていただいたり、商品をお買い上げ頂いたりと、少しずつお客様との信頼関係を築きあげることができました。
それからしばらく経ってからのこと、お客様から携帯電話に連絡が入りました。ご注文の電話と思い、急いで電話を取ったところ、お客様から「今日は少し真剣に話したいことがあります。今からお店に行きます」と言われたので、少し心配しながら売場で待っていると、そのお客様が来られ「ここでは何ですから」と言われたのでお店の駐車場でお話を聞くことになりました。
駐車場で話を聞くと、突然、
「ご結婚されてますか?前から主任さんのことを娘に紹介したくて。良ければお見合いをしてもらえませんか」
と言うようなことをお願いされました。
いきなりで驚きましたが、当然私は結婚しているので、そのことを丁寧に伝え、お断りしたのは言うまでもありません。少し残念そうにされていましたが、お客様は「どこのお店に行っても主任さんのお店で買い物するからね。絶対についていきますよ!」と言って頂けました。その言葉に大変嬉しく思いましたし、凄く信頼されていたんだと感謝しました。これからも「ありがとう」を沢山頂けるように一人でも多くのファンをつくっていきたいと思います。
2016年掲載
僕が業務スーパーに異動になり、初めての年末の出来事でした。店長として年末を迎えるのは数回目ですが業務スーパーでは初めてで、どんなお客様がご来店され、satakeとどんな違いがあるのか、不安もありましたが正直ワクワクした気持ちでいっぱいでした。
準備万端!「よっしゃいくぞー!!」という気持ちで迎えた12月30日。順調にいっていたのですが、夕方4時頃、何やら神妙な面持ちで業務部門の従業員達がバックヤードで話をしていました。聞くと焼そば1,000玉を注文されていたお客様が来られているが、業務部門の従業員は誰も発注しておらず、焼そばの在庫が無いとのこと!!!
まずはお客様に正直にお伝えしよう。そう考えた僕はお客様に深々と頭を下げ、「本当に申し訳ございません。ご注文を誰も聞いておらず、焼そばが残っておりません」そうお伝えすると、お客様は当然のごとく「どーなっとんじゃ!用意してくれや!!」と大激怒。
僕は「全店に確認し、ご連絡をさせて頂きます」とお伝えしバックヤードに下がりました。そうは言ったものの正直この年末の12月30日の夕方に焼そば1,000玉は集まらないに決まっている。もうどうしていいかわからず、泣きそうになっていました。
始めは業務主任に数店舗に電話してもらいましたが、集まっても300玉程度。「やっぱり無理だ…」と諦めかけていましたが「恥ずかしがっている場合ではない!!」「全店から少しずつでも集めなければ!!」と思い、LINEで全店に呼び掛けることにしました。
そうすると石川部長からの即座の連絡、林リーダーからの瞬時の返信、そして各店の店長からの返信のおかげで、なんと30分かかることなく1,000玉集まることになりました。
こういう出来事は過去にもあった事かも知れませんが、自分自身がこのような経験をするのは初めてで、本当に部長をはじめ各店長、主任に助けられました。自分の店1店舗ではどうしようもない時、全店でのチームとしての助け合いというものを本当に実感した出来事でした。
その後お客様にご連絡し、無事1,000玉の焼そばをお届けすることが出来ました。お客様からは「一時はどうなることかと思たわ。ありがとうな」と言われました。もし1,000玉集まらなければ大切なお客様を失ってしまっていたかも知れない…。そう考えると非常に悲しくなります。助けて頂いた店舗の方々には本当に感謝しております。改めて全店での助け合いがこんなに素晴らしいものだと実感することができました。
2018年掲載
佐竹食品グル—プでは、白菜の半切は1玉のちょうど半分の値段で販売しております。白菜が298円なら半切は149円で販売します。他のス—パ—に買い物に行くと白菜が298円で販売していたら半切は158円、1/4切になると88円で販売しています。それが普通です。自分も疑問に思ったことは一度もないです。
なので、ウチがきっちり半分の値段で売るという販売方法が決まった時、正直に言うと不思議に思いました。「もったいないな」とも思いました。「半分にせずに少し高い値段をつけたら、もっと儲かるのに」って…。
ある日のことでした。お客様に「なんでこの白菜はこの値段なん?どっか悪いの?」と聞かれました。僕はいつものノリで答えました。「どこも悪くないですよ。お客様の笑顔が見たいからです」するとお客様は笑ってこう答えました。「面白いな〜。この店の値段は信用してる。何も考えんで買い物できるわ!」それを聞いて僕はすごい衝撃を受けました。
「儲かるから」ではなくて「お客様が喜ぶから」という会社の方針が、値段への信用に繋がり、安心して買い物をして頂けているんだ。同時に自分の軽いノリにも物凄く恥ずかしくなりました。何も理解していなかったことを反省しました。
「当たり前のことを当たり前にしてるだけではあかんねんな」相手が喜ぶことに針をふった時に初めて信頼してもらえるということに気付かされた出来事でした。鴨鍋の試食販売をした時も「高いけど佐竹さんでこの値段なら本物なんやろな」と言われたこともあります。自分の仕事に自信が持てる出来事でした。
2020年掲載
ある日のことです。レジの外で荷物運びをしていると50代くらいの男の方に肩をポンポンとされました。振り返り「どうされました?」と答えると、「ありがとうございます。母がいつもよくして頂いてたみたいで。私、〇〇の息子です」と教えてくださいました。
「〇〇さんの息子さん!いえいえとんでもないです!こちらこそお世話になってるんですよ!この間も、がんばったらあかん!無理したらあかん!でも怠けたらあかんで〜!って話してくれたんです」と返すと、息子さんは涙をぽろっと流しながら「同じマンションの人からsatakeに行くのが日課やった。店の中を何周もした。と教えてもらったんです」「実は一昨日亡くなり、近所の人からsatakeに行ったらわかる。毎日毎日satakeに行っとった。と教えてもらい、今日はお礼に来たんです」。そう言って深々とお辞儀をして下さいました。
〇〇さんは「食べ」と言ってお弁当を作ってきてくれたり、お釣りを返した後「よしよし」と言って手を撫でてくれたり、レジだけではなく店の皆に声をかけて体調を気遣ってくれる優しいおばあちゃんでした。息子さんは「本当にお世話になりました。ありがとうございました」といって帰って行かれました。〇〇さん本人からは度々ありがとうと言ってもらっていましたが、この日初めて来店された息子さんからいただいた「ありがとう」は日々の積み重ねでしかいただけない、一生忘れられない「ありがとう」でした。
そして何ヶ月も経ったある日の遅番中、「こんばんは」と言って、息子さんが声をかけて下さいました。普段は別の県に住んでいて、satakeに来ることは無いとのことでした。「母のことを思いだした時、ここのお店のことを思いだして寄ってみたくなったんです」。そう言ってまた「ありがとう」と仏花を買って帰られました。ほんの数分でした。長い時間をかけて、仕事終わり、高速に乗ってわざわざ来て下さった息子さん。胸があつくなりました。スーパーは買い物をするところだけではなく、お客様の居場所にもなるし、お客様の思い出にもなるし、お客様の日々の一部になるんだと。
日々の業務に追われて、ついつい笑顔を忘れてしまったり、疲れを見せてしまったり、目的や目標がぼやけてしまったりするたび、この出来事を思い出しています。
1日1日大切に。
一人ひとりのお客様を大切に。
これからもお客様一人ひとりに寄り添ったsatake,TAKENOKOらしい接客で日本一楽しいスーパーをつくっていきたいと思います。
2016年掲載
吹田店に勤務して2年目に結婚、妊娠しました。出産して子育てをするのは昔からの夢でしたが、そのまま会社を辞めるのはどうしても嫌でした。なぜならレジの仕事が好きで、レジを打ちながらのお客様との会話が好きで、毎日が楽しかったからです。
なんとか仕事を続けることはできないだろうかと思い悩んでいたある日、会社に育休制度があると知り利用したいと思いました。でも、「子どもは大丈夫だろうか?」「保育園の送り迎えをしながら仕事を続けられるのか?」
という不安もあり、「本当にこの制度を使っていいのか?」「誰に相談したらいいのか?」いろいろ悩みました。
家で主人と話し合い、「復帰したいのなら2人で協力して頑張ろう!」という主人の優しい言葉に励まされ、育休制度を利用して一年後の復帰を決めました。
毎朝、保育所に子どもを預けてからの出勤です。夕方5時までという事で遅番もできず、他のレジスタッフには申し訳ないのですが、「おかえり」と温かく復帰を喜んでくれ、すぐに仕事の感覚も取り戻すことができました。
時短制度を使うことで、「5時で帰るのは申し訳ないなぁ」と考える日々もありましたが、私がこの制度を使うことで、他の女性社員さんの希望にもなれるし、仕事、育児、主婦として頑張っていこうと思います。
なによりも復帰後、店にご来店されるお客様から「おかえり」「子ども元気にしてる?」「無理しなや」など、いろんな温かいお言葉を掛けて頂き、やっぱりこの仕事はおもしろいし、楽しいし、復帰して良かったと思いました。更に子どもが熱を出して早退や欠勤してしまう時に、レジ主任から「店の事は気にしなくていいから子どもの事だけ考えてあげて」と言って頂き、この主任のもとで復帰できて良かったと心から思いました。
会社に感謝、吹田店の皆に感謝、待っていて下さったお客様に感謝、慣れないながらも家事・育児をしてくれる優しい主人に感謝、毎日保育所で頑張っている1才の息子に感謝です。これからは主婦目線、母親目線で店をより良くしていければと思います。それが皆様への恩返しです。
2014年掲載
私達、尼崎道意店青果部チームには目標達成カレンダーがあります。そのカレンダーは青果、果物の二人の主任が「全員で日々の目標を達成しよう!!」という気持ちの表れからスタートしました。
曜日毎に売上目標を決めて達成できた日はカレンダーに花丸をつけます。カレンダーに花丸をつけるのは私達パート社員の役目です。青果は赤の花丸、果物は青の花丸をつけます。ちなみに花丸は大きくつけないと怒られるんですよ!(笑)部門の朝礼では昨日の結果が私達に聞かれます。私達も全員が出勤時に昨日の結果を確認します。しかし今はまだ花丸の寂しい時もあります。
また青果全員が一丸となって取り組む為、誰でも気軽に状況を見れる様に、また楽しく見れる様にメンバー全員のイメージキャラクターを作り、カレンダーの横に貼っています。青果主任は「ゴリラ主任」果物主任は「悪代官主任」(笑)・・・私達のキャラクターは内緒です!
カレンダーに横で書いている「売るでー!」「行くでー!」は青果主任の口癖です。そして目標達成を目指してですが、冷蔵庫から「買い過ぎた~!」と叫んでいる二人の主任の声が隣の加工場まで聞こえてきます(笑)。今はまだ花丸は少ないですが二人の主任を中心に全員一丸となって、花丸で一杯のカレンダーになるまで日々頑張って絶対に諦めません!!
2021年掲載
入社してからお店の各部門のメンバーと一緒に協力して行っている朝の荷下ろしですが、毎朝やるのが当たり前だと思っているので特に何も気にせず行っていました。
ある日、いつものように荷下ろしを手伝いに行こうと思ったら、商品を持ってきて下さったいつものドライバーさんが「これ、お店の皆で食べて」と沢山のお菓子をくださいました。僕にとって今までなかった経験で、思わずドライバーさんに「どうしてこんなにしてくださるのですか?」と聞いたところ「よその配達行っても、こんなに皆手伝ってくれるところないし、明るく働いている皆の中で一緒に荷下ろしをしていたら楽しいんよ」と言って下さいました。
確かに、スーパーへ商品を配送しているドライバーの知り合い何人かに荷下ろしの話をしたとき「よその所はそんなんしてくれへんで。ここはすごいな」と言われたことがありました。そう思うとドライバーさんって車内で一人でお仕事をして、配送先でも黙々と台車に積んでいるイメージがありますが、今回の事でほんの少しの僕たちのお手伝いが、こんな風に喜んでいただけるとは思わず、改めて協力することの良さや大切さを学びました。
もう一点思うのは、普段なかなか他部門のメンバーと同じ作業をすることはありませんが、荷下ろしをすることによって、作業しながら楽しい話をしたり、気持ちを一つにしながら働けたりすることが嬉しいです。
2018年掲載
ある日の夕方、1人の年配の女性のお客様から電話がありました。たまたま私が取ったので話を聞いてみると「先日お宅で買ったいちごジャムのビンのフタが開かない。火で熱してみたり旦那に頼んでみたりと、色々と試してみたがどうしてもフタが開かない。今使いたいけど雨やし、店までは自転車でも分くらいかかるし」とお困りでした。そこで「今から私が向かいますので」と住所をお伺いし、もしも開かなかったときのために同じ商品を一つ持ってお客様の家に向かいました。
お客様の家に到着して度度とフタを開けようと頑張ってみますが、フタはなかなか開きません。正直、手もかなり痛く顔も真っ赤になっていたと思います。「よし!」と気合を入れて目一杯の力でフタをひねりました。するとフタが「ポンっ!」という音をたてて開き、お客様と共に大喜びして笑いました。
お客様にはすごく喜んで頂き「こんな雨の中忙しい時間にごめんね。ありがとう」と言って頂きました。店への帰り道にふと思いました。「違うスーパーだったらどうだったんだろう、TAKENOKOだから、うちの店だからお客様との距離が近いウチだからこそ電話してくれたのかな」と思いました。
今後も当たり前のことをきっちりと行い、もっとお客様との会話を増やし、距離を縮め、お客様目線でしっかりと商売をしていこうと、改めて自覚しました。
2015年掲載
オープンしてから毎月来てくれるとても感じのいいお客様がいらっしゃいます。そのお客様は自営で店を経営しており、1日に2~3回買い物に来てくれます。休みの日は家族連れで、とても仲が良く、楽しそうに買い物をしている姿は、店の従業員はみんな知っているくらいです。
ある日、遅番が始まるので、アルバイトの募集をかける事になった時の事です。そのお客様から、「店長さん、うちの娘、ここで働かせてもらえませんか。ビシビシ鍛えてもらえませんか。ここで働いている従業員の人をみて、絶対ここで働かせたいねん」と声をかけられ、面接することになりました。
面接に来たのは18歳の専門学生のとっても笑顔の素敵な元気な女性でした。とにかく明るくハキハキとして、すぐに採用のご連絡をし、今でもアルバイトをしてくれています。バイト6人の中でもとても元気で明るく、お客様からも「元気があっていいね~」と評判です。
お父様も娘さんのレジに度々並んではキビシ~く「ちゃんとしろ!」なんて言っていますが、レジ主任のレジに来た時は、「いつも娘がお世話になります。ここの会社のようにきっちり指導されているところで働かせてもらう事に感謝しています。ありがとうございます」と言ってくださると聞いております。
そういう若い人たちがここで働いた事をいい経験として、将来社会人になったとき、世の中の役に立ってくれるといいなと、心からそう思う毎日です。笑顔も元気も彼女の武器です。チームとして、一人もかけてはいけないバイト6人です。バイトも強い結束力で盛り上げてくれています。
2020年掲載
ある日、駐輪場に置いていたお客様の自転車がいたずらをされてしまいました。お買い物をしている間に心無い誰かに輪っかタイプのカギがつけられており、自転車を動かすことが出来なくなってしまったというのです。
その日は店長が休みだったので代わりに対応させて頂きました。お客様自身怒りをぶつける場所もない為、私に「何とかしてよ!」などと強めに色々とおっしゃられました。ただ、もしかしたら隣の自転車のお客様が間違えてカギをかけてしまったという事もあり得るので、隣のお客様が来られるまで待っていただきました。
しかし、どのお客様もカギをかけ間違えたという事はありませんでした。「やれることはやってみます」とお客様にお伝えし、店にあったベンチで切ろうと試みましたが、予想通り切れるはずもなく失敗しました。お客様も自転車に乗れないと帰れないという不安からか怒りもヒ—トアップしていき、なぜか私が怒られているような感じになりましたが、お客様の立場になって考えてみると、とにかく帰れない不安な気持ちが大きいのだろうと思い、何かできないか必死に考えました。
近くのガソリンスタンドなら大きな工具があるかもしれないと思いつき、「私が自転車を担ぐので一緒に行きましょう」とお客様に提案しました。しかし、ガソリンスタンドでは断られてしまいました。お客様はとてもがっかりされていました。「このままでは終われない」と私はもう一度考えました。
そして、消防署なら工具もありそうだし事情を説明すれば助けてくれるかもしれないと閃き、再度白転車を担ぎお客様と向かいました。道中ではお客様も落ち着きを取り戻していて「さっきはどうしようという焦りからお兄ちゃんにきつく当たってごめんね」や「腕大丈夫?」などいろいろ話しながら向かいました。
消防署では快く対応に応じてくれて自転車のカギがようやく外れました。お客様は「ここまでしてくれるとは思ってなかった。本当にありがとう。また買い物に行くね」とおっしゃって下さり、消防署の方にも「たまに買い物に行くけどいい店やね。役割は違うけど一緒に地域貢献頑張りましょう!」と言って頂けました。こちらも嬉しい気持ちになり店に戻ることが出来ました。
「駐車場でのトラプルはお店では責任を負いかねます」という表示がありますが、お客様の立場になって何かできることはないかと考え行動できたことで、買い物の最後のまさかの出来事で悲しい気持ちになっていたところを喜びの気持ちに変えることが出来て良かったです。
翌日、腕はしっかりと筋肉痛になりました。
2018年掲載
週に1〜2回お一人で大量の商品をお買い求めになる50〜60代の女性のお客様がいらっしゃいます。そのお客様は私のレジに並んでくださるようになり、お話をさせていただくようになりました。大量のお買い物は高齢者が利用されるケアハウスのためのものらしく、お一人でお買い物に来られているそうです。ご来店の時は、エコバッグや箱に商品を直接入れたり、お荷物をお車までお運びしたりと、少しずつお客様との距離も縮まり、色々なことを話して下さるようになりました。
お客様は仕事に対してとても厳しい目を持っていらっしゃる方で、私たちレジスタッフにも他部門のスタッフの対応にも、何度かご意見をいただいたこともありました。でもそれはクレームではなく、お店のこと、スタッフのことを思ってのお言葉と、いつも感じていました。
なぜならそのお客様はいつも本当に時間をかけて一つ一つの商品を丁寧に選ばれ、毎回楽しそうにお買い物をされていたからです。気になった新商品は試しに買って帰られ、その感想も伝えて下さる。業務スーパーTAKENOKOのファンになって下さったお客様と感じていたからです。
そのお客様との会話も少しずつ増え、お客様からの信頼もいただき始めた頃、私は長尾店への異動が決まりました。お客様との会話の中で「今度長尾に新店舗ができますよ」とお伝えしました。するとお客様は「長尾の方が近いけど、せっかく○○さんと仲良くなったから大峰店に来ます」。そんな嬉しいお言葉をいただきました。
私は満面の笑みで「実は私、長尾店に異動が決まったので…」とお伝えすると、お客様も笑顔で「じゃあ長尾店に行きます!近くなるし良かった!」とおっしゃられました。「オープン時は混み合いますし、こちらでの対応と同じことが出来ずご迷惑をおかけするかもしれませんので、今しばらく大峰店でお買い物して下さい」と正直にお伝えしました。
そして長尾店がオープンしてしばらくたったある日、そのお客様がご来店されました。いつものように店内をゆっくりと楽しそうに回られてお買い物をし、スタッフの対応もしっかりとご覧になっていらっしゃいました。3ヶ月、半年と過ぎ、お客様は長尾店のスタッフと顔なじみになり、日を追うごとに商品にもスタッフにも信頼を頂けるようになりました。お買い物の量も増え、決まった曜日に決まった商品をご注文頂けるようになっていきました。このような、時間をかけたお客様との繋がりは本当に大切だなと思いました。
長尾店がオープンして1年余り、少し緊張してこわばった笑顔で立っている若いレジスタッフを優しく見つめていらっしゃいました。そして今もそのお客様は長尾店の常連様です。私とお客様の信頼関係を引き継いでくれた若いスタッフも、またいつか新しいお客様との信頼関係を築き、また誰かへと引き継がれていく。今後もそうした関係を築いていけるように頑張っていきたいです。
2015年掲載
あれは忘れもしない日でした。
僕が正式に正社員になってから一か月ぐらいの時でした。当時山手台店の青果で勤務をしていました。3月11日14時40分過ぎ、とても大きな地震が発生し、店はとんでもなく揺れ、棚からは調味料が床に落ち、割れて、僕たちはお客様、従業員、パートさんたちを安全な外に誘導して、落ち着くまで待ちました。
何回も揺れ、情報は何もありません。しばらくすると震源地は東北だということが分かりました。岩手の実家に電話してもつながらなかったけれど、まさか自分の田舎は平気だろう、自分が住んでいた時も津波が来るといって全然平気だったから…そう思っていました。そうしたら、ニュースで自分の実家付近が映りました。「ヤバイ」神様にお願い。助けて…!
しかし、実家とはその後も連絡が取れず…会社に相談しました。そうしたら「今は落ち着け、交通機関がもう少し整ったら休みをあげるから、それから行って来なさい」といわれ、3月25日から約一週間、会社から、部長から、いろいろな方々から支援物資をいただき、送り出してもらいました。
ガソリンもタンクに確保し、車で実家のある岩手県下閉伊郡山田町を目指しました。途中道路は亀裂が走り、段差もあり、スピードは出せず、とても時間がかかりました。母と弟は避難所にいるという情報があった為、母と弟の顔を見たときは安心し、ほっとしました。その足で親戚、友人、知り合いに物資を渡しに向かいました。
父が津波に流されてしまい、流されたであろう場所付近を探しましたが見つからず…それから遺体安置所を何日も何ヶ所も探しましたが、結局父は見つかりませんでした。支援物資を親、親戚、友人に渡したら、母はものすごく感謝していると話していました。
自分は入社して間もないのに支援物資を持たせて送り出してくれた、会社の皆様に心より感謝しています。その時初めて「ありがとう」という感謝の気持ちを教えてもらいました。この時の気持ちを忘れずにやっていこうと思いました。
2019年掲載
ある日のことです。小さなお子様連れのお客様に声をかけられました。お母さんはとても慌てた様子でしたので、すぐに話を伺いました。「店内で子どもが吐いてしまい、何かティッシュのようなものは無いですか?」といった内容でした。あとから直接聞いた話ですが、お母さんはその時、申し訳ない気持ちと恥ずかしい気持ちで軽いパニックだったそうです。
私はお母さんに「大丈夫です。こちらで片付けますから、お母さんは安心して下さい」とお伝えし、バケツと数枚のタオルを持って店内を片付けました。その時、不思議と嫌な気持ちはありませんでした。そのかわりに自分の子どもが小さかった時のことを思い出しました。
自分の子どもも小さい時によく吐いたりしていました。小さな子どもがいると日々の買い物ひとつでもお店を選ばなければいけません。「あの頃は大変だったなぁ。」と懐かしい気持ちでした。片付け終わった後に「自分の子どもも小さい時よくこういうことがありました。本当に大変ですよね?よくあることなので気にしないで下さい。また元気になったら連れて来て下さいね。」とお伝えすると、お母さんは泣きそうな顔で「ありがとうございます。また寄らせて頂きます。」と言って下さいました。
翌日、お母さんがお子さんを連れて来店されました。お子さんが「昨日はありがとう!」と言っておりがみをくれました。おりがみにはメッセージが書いてあり「おじさんきのうはありがとう。ぼくも大きくなったらおじさんみたいなスーパーの人になりたい。」と書いてありました。なんだか気持ちがほろっとなりました。
こういう経験もお客様を第一に考えるお店で働いているからなんだと思いました。自分の仕事を優先するのではなく「また来たくなるスーパー」と思ってもらえるように頑張りたいと思います。
2015年掲載
業務スーパー門真本町店の出来事です。いつもの様にお客様は買い物かごいっぱいに、徳用のキズ有りサンふじを買われていました。毎回の事で、前々からその林檎の使い道が気になっていたので、その日はお客様に聞いてみました。
お客様は個人で焼肉屋さんをやられていて、「うちのタレはすりおろしの林檎をベースにして大量に使うから、ぎょうさんいるねん!」と言われ、その時初めて大量買いの理由を知りました。自分が仕入れた林檎が違うお店の味になっていると思うと、少し嬉しくもあり、優越感に浸っていました。
ただその時一つ疑問に思ったのが、そこまで旨くないキズ有りの林檎でタレを作って、味に納得してるんかなあ?と率直に思ったので、次にご来店した時に聞いてみようと思いました。一週間後ぐらいにまた焼肉屋の店主が来られて、外の売り場で一生懸命ツラの良いサンふじのネット売りを探していたので、「まいど!!今日もタレ用の林檎買いに来たんですか?」と聞き、「せやねん」と言われたので、気になっていた一週間前の疑問をぶつけてみました。
「この林檎で作るタレの味めちゃ気になるんですけど、今度味見とかさせてもらえないっすか?」と聞き「ええよ!ってか車にちょうどボトル積んであるから持って来るわー」と言われて、その時はめちゃテンションが上がったのを覚えています。タレを舐めてみると、今まで味わったことがないくらい美味しいタレだったんですが、正直林檎の風味はスパイスとかで消されて全くわかりませんでした。
思い切って聞きました。「正直旨いんですけど、どこに林檎の良さが出てるんですかね?」 店主は「林檎はあくまで臭いを消して、味をまろやかにし、うちのこだわりのドロドロベースの食感を引き立てる為やねん!」とちょっと怒り気味に言われました。
ただ僕は果物担当として、仕入れも行かせてもらっていたので、少し林檎に対するこだわりや、プライドもあったので、お客様に「一回僕のお勧めする美味しい林檎まけとくんで、使ってくれませんか?」とお願いした所、お客様はあっさり承諾してくださり、糖度15度以上!蜜入り100%の特選サンふじ1箱6,500円をその時は1,000円引きで買って下さいました。「兄ちゃん、見るからして果物にこだわってる感じがするから、一回だけ信用して買ってみるわ」と言ってもらい、少しプレッシャーはありましたが、確かなものを仕入れているという自信がその時はありました。
数日後にまた焼肉屋の違うお兄さんが来てくれて、肉とタレの両方をもって来店しました。「兄ちゃんの勧めてくれた林檎で作ったタレやから、この肉つけて食べてみ?」と言われたので、その場で食べてみると、明らかに前と違うのが、甘味でした。それとスパイスを抑えてすごくフルーテイーな感じになっていて、何枚つけて食べてもしんどくならないような、あっさりとした仕上がりのタレに変わっていました。
その日を境にタレもドロドロベースと林檎風味のあっさりタレの二刀流でお店に出すことを告げられ、始めて人の商売のお役に立てた喜びと実感が沸いてきて、仕入れに行っててよかったなぁと思いました。ただ毎回毎回、同じ林檎があるとは限らないので、焼肉屋の店主が来た時はいつも名指しで呼ばれるようになり、「兄ちゃん一番ええ林檎出してくれ」と言われるようになりました。
あの時思い切った提案をしなければこういう関係を築けないまま僕自身違う店舗へ異動になっていました。今はお店も違ってしまいましたがやることは一緒で、一人一人のお客様と向き合い商売をし、チラシで人を呼ぶのではなく、接客、商品力で呼び込める商売人になる為毎日頑張っていこうと思います。
2017年掲載
ハロウィンイベントの際、ある若いご夫婦がご来店されました。その日のイベントは店舗の従業員に「トリックオアトリート」と呪文を唱えたお子様に、オリジナルクッキーをプレゼントするというものでした。
当時私は入社して間もないころで、そのご夫婦に不思議な違和感を覚えたことが強く印象に残っています。「トリックオアトリート!」その若いご夫婦は、空のベビーカーを押しながらその呪文を唱えてこられたのです。「お子様がどこかにおられるのかな?」と思い、何の迷いもなくクッキーをお渡ししました。他の従業員も一つ、また一つとクッキーをお渡しました。
そんな中、入社したてのある従業員がお客様にこう言いました。「申し訳ございません。お子様を対象にしたイベントになりますのでお子様から唱えていただけませんか?」と。するとご夫婦はとても残念そうに空のベビーカーを押し、店を後にしました。それを見ていた私はいてもたってもいられずお客様の後を追いかけクッキーを2枚お渡ししました。
奥様が「宜しいんですか?」と私に尋ねられたので、私は「これで3人分ですね。」と笑顔で返しました。その後もそのご夫婦は空のベビーカーを押し、店舗にご来店されました。私はご来店されるたびにご夫婦と挨拶を交わしました。
数週間後、ご夫婦から遠くへ転勤することになったと聞きました。その際に1通のお手紙を頂きました。私は家に帰ってからお手紙を読み、その内容にとても驚きました。そのお手紙には「ご夫婦の娘さんは生まれつき体が弱く、1歳の誕生日を待たずに天国へと旅立ってしまわれたこと。家族全員分のクッキーをもらって感激したこと」が書かれていて、最後に「本当にありがとうございます」とクッキーが3枚同封されていました。私は涙が止まりませんでした。
このお客様との出会いはとても印象強く、単に商品を提供することが私達の仕事ではなく、お客様に対して心のこもった接客をすることが何より大切だと改めて実感しました。今後人生を送る上で、お客様からかけがえのないものを頂きました。
2016年掲載
それは2015年の暮れ、いよいよ年末に向けての商売も佳境に入った頃の出来事です。ある日、一人のお客様がご来店され、真サバのキズシのご注文でスタッフのAさんに「大将!サバを7尾ほど3枚おろしにして、骨も抜いて酢に漬けるだけにして欲しいんやけど、そこまでやってくれる?」とお尋ねになりました。
そこで自分は正直年末のこの忙しい時、猫の手も借りたいぐらいの状況の中で、Aさんはいったいそのお客様にどのように返事をするのかと思い密かに聞いていました。
するとAさんは、なんと二つ返事で「キズシやなぁ〜。今年もまかしといて!」と答えました。毎年お越しになる常連のお客様らしく、その二人のやり取りを見て「あ〜、完全にAさんのお客様なんや。すごいなぁ!」「自分自身のファンを持った商売をしているんだな」と、とても強く感じました。その時になんだかこの年の年末はすごく売れるような感じもしました。また、自分ももう一度原点に戻って、一人でも多くのファンを作ろうという考えも湧いてきました。
何より「スタッフ一人ひとりのファン創りに支えられて部門とお店があるんだなぁ」と強く感じた年末商戦でした。ちなみに、2016年1月5日AM9:00、オープンと同時にそのお客様が、わざわざ一番にご来店になられました。そして「あのサバ、ありがとうございました。美味しかったです。」とお礼を頂きました。そのお言葉にまた感動しました。あの時忙しさから、困ったなぁと思ったことを心から反省しました。
お客様との信頼も、お取引様との信頼も全てが久宝寺店のオープンの時からの小さな歴史の積み重ね。その歴史の上に自分達の日々の商売があり、毎日のお客様との繋がりが久宝寺店の未来への歴史を積み上げていくのだということを胸に刻み、一人でも多くのファンを持つチームをつくれるよう精進していきたいと思います。
2014年掲載
「あなたがいてくれるから」
いつも私のレジに並んでくれるおばあちゃんと娘さん。
ある日のこと、ふと前を見るとおばあちゃんが一人で並んでいました。私はびっくりしました。それは実はおばあちゃんには少し記憶に障害があるからなんです。だからいつも娘さんが付き添いで来られているんです。
「今日は一人で来たの?」
そう尋ねるとおばあちゃんはニコッと満面の笑み。心配だったので荷物を一緒に詰めて出口のところまでお見送り。「無事に帰れたかな…」と本当に心配でした。
数日後、娘さんが買い物に来られていたので「この前はおばあちゃん一人で来ましたよ。大丈夫でしたか?」と尋ねると、「そうやねん。びっくりしたわ!」「帰ったらsatakeさんの袋あるし、何か料理してあるし…」「でもね、あなたを探して行ったみたい。いつもあなたを見ているから安心感があるみたいなの」「私もsatakeさんにあなたが居るから安心だわ」と娘さん。
「安心」そんな言葉を頂いたのは初めてだったのでこの出来事は私の心の1ページに残りました。これからも思いやりのある接客に取り組んでいきます。
2015年掲載
僕は尼崎道意店で青果主任をしています。僕の仕事の優先順位はバックヤードで加工する事ではなく、売り場に立って活気をつけて、お客様と会話することです。もちろん、売り場が回らなければ加工もしますが、基本的にはなるべく売り場にいるようにしています。
お客様から「兄ちゃんに会いに来たで」とか「この前の商品よかったで」などなどありがたい言葉を頂けるのは全て売り場です。バックヤードでは店を活気づける事もお客様と会話することもできません。そういう想いで僕は仕事をしています。
ある日、いつも僕の顔を見ると寄ってきてくださる常連のお客様と会話していました。僕は3月末に子どもが産まれるのですが、そのことをお客様に伝えようと世間話の流れで伝えました。「お母さん、僕3月子どもが生まれるねん」するとお客様が「そっかー。おめでとう。それやったら、私が兄ちゃんの為に赤ちゃん用の帽子とちゃんちゃんこを作ってあげるわ」と仰ってくれました。
これまで、差し入れで手作りおはぎやサンドイッチなども頂いたことがありました。僕は「いつも色々貰っているのに、赤ちゃん用の服まで悪いわ。」というと、お客様は「気にしない、気にしない。兄ちゃんのファンやから、やってるだけのことやから。」と仰ってくれました。僕はなんとも言えない嬉しい気持ちになりました。そして後日、来店された際に真っ白のきれいで立派な手作り帽子と、手作りちゃんちゃんこを頂きました。
家に帰って嫁さんに「こんなええもんお客様に貰ったで。大切に使おうな」と話をすると「すごいなー。これ全部手作り!?お客様にここまでしてもらえるスーパーの店員なんてきっとどこ探してもいてないで」と言いながら、嬉しそうな顔で早速並べて携帯で写メを撮っていました。僕はお客様に「楽しさと感動の創出」をして頂きました。家に帰った後でも思わず話題にしてしまうという体験をお客様が創出してくれました。この体験こそが、僕がお客様から貰った宝物です。
家に帰った後でも思わず話題になるような「商品」「接客」「活気」「売腰」を創出できるように日々精進していきたいと思います。また、お客様に「ありがとう」の一言ではすまないような体験をさせて頂き幸せです。赤ちゃんが産まれたら、今度は赤ちゃんが着ている姿を写メで撮ってお客様に見せたいです。これからも売り場に立ち、活気づけ、お客様と会話するという僕の軸をぶらさずに頑張っていきます。
2017年掲載
2015年の2月3日節分の日の事でした。私はその日遅番で店内を巡回していました。惣菜部は巻き寿司で大忙しの一日で20:30には巻き寿司は完売していました。
蛍の光が流れる30秒前にサラリーマン風の若い男性のお客様が惣菜売場でうろうろされていました。そのお客様が遅番をしていた惣菜部の女性社員に「巻き寿司はまだありますか?」とお尋ねになりました。私は一日中巻き寿司を巻いて疲れているから、きっと「申し訳ございません。売り切れてしまいました」と返答すると思いました。
しかし、その女性社員は「あるものでしか出来ませんが巻きますよ」と即答したのです。蛍の光が鳴り、厨房の清掃も終えているのに、困っているお客様の為に閉店間際に巻こうとしているのです。少しして「お待たせ致しました。良い福が訪れますように」と女性社員。「助かりました。ありがとうございます」とお客様はレジへ急いで向かわれました。
閉店になったのでレジを閉めました。その時、売上を見て感動しました。なんとその巻き寿司一本のおかげで、700万6円の売上になっていたのです。予算達成です。お客様は喜び、店も喜び、サービスを超える瞬間を目の当たりにしました。きっとお客様にも女性社員にもすばらしい福が訪れたことでしょう。
2019年掲載
冬が終わるころ、いつも来店されるお客様との会話の中で「店長!夏に駐車場の花壇のところに一面ひまわりを咲かせてみない?座間市の花はひまわりだからさ!今は雑草だらけだから丁度いいじゃん!」と提案されました。私はその場では「素敵ですね!」と話を合わせていましたが、内心では「園芸?超めんどくせー!園芸の知識全くないのに!」と思っていました。
しかしそのお客様はご来店される度に「店長!ひまわりの種いつ蒔く?」「ひまわりの種は私が観光協会から貰ってあげる!」など2ヶ月くらいかわし続けていましたが、日増しに「店長がやらないなら私が種蒔く!」とヒートアップしていきました。とうとう根負けした私は「駐車場をひまわり畑にします!」と言ってしまいました。すぐにお客様は種を大量に持ってきてくださいました。
もう後には引けない私は、そこから、お客様、相武台のパートさん、近所のホームセンターの店員さんに園芸についての話を聞いて回ったりと、ひまわり畑を作るべく奮闘しました。雑草を抜き、土を耕し、腐葉土をまぜ、土作りをして種まき。作業をしていると色々なお客様に「店長、何しているの?」と尋ねられました。「ここ一面をひまわり畑にしようと思っています」とお答えすると「楽しみだね!」と皆さん笑顔で答えて下さいました。
それから、晴れた日には毎日水をあげ、夏には一面ひまわり畑になりました。お客様と一緒に喜び合い、毎日会話も弾みました。座間の市議会議員の方も噂を聞きつけ、ひまわりをブログにアップして下さいました。夏も終わるころ、色々なお客様が「店長!次の花は何?」「楽しみにしてるよ!」など声をかけて下さいました。今ではお客様と次は何を咲かせようか話しています。
最初は嫌で面倒くさくて仕方がなかった私ですが、お客様の声にまっすぐ向き合うことで沢山のお客様の笑顔と「ありがとう」を頂くことが出来ました。「お客様が喜ぶことなら何をやってもいい」この会社だからこそ出来たこと!この会社だからこそ得られた喜びだと思います。TAKENOKOの従業員であることを誇りに思いました。
2015年掲載
以前、高槻店にいた時、高槻店の裏の民家が火事になりました。営業中の出来事で店の中にも煙が充満しだした為に、買い物中のお客様も従業員も店の外まで避難しました。
店の正面からみると煙が立ちのぼり、まるで高槻店が燃えているように見えました。野次馬も沢山集まってきましたが、警察、消防も駆けつけてきて必死の消火活動が行われ無事に火事もおさまりました。
後日のことですが、常連のお客様が来店された時、この時の話をしていた時、そのお客様が「あの時は高槻店が燃えていると聞いて慌てて仲間をかき集めて店に駆けつけたんやで、バケツリレーでもなんでも手伝おうと思って」とおっしゃいました。
「ありがとうございます。かけつけてくれただけでも大感謝です」と伝えると、お客様が「だって俺の憩いの場所がなくなったら困るからな~」とおっしゃってくださいました。
2017年掲載
尼崎道意店で働いていた時のことです。神戸に住んでいるお客様が電車に乗ってお買い物にいらっしゃっていました。「satakeは安いからよく来てるねん」とおっしゃられていました。そのお客様はそれからお買い物に来られる度に話しかけて下さるようになりました。天気の話から家族、友達のこと、仕事のことなど他愛もない話ですが、毎日楽しく会話していました。わざわざ神戸に住んでいるお友達にお声かけ下さり、一緒にお買い物にいらっしゃることもありました。
そのお客様とのコミュニケーションが続くなか、僕が高槻城西店に異動になることが決まりました。そのお客様に「高槻に異動になるんです。毎日の会話もすごく楽しくて会えなくなるのが寂しいです」と言うとそのお客様も「ホンマやなぁ。なんやかんやで買い物ついでにあんたに会いに来てたのもあるんやで。残念やなぁ」とおっしゃってくれました。
それから高槻城西店に異動してから数日のことです。ある従業員の方から「○○君を呼んできてって言ってはるお客様来てはるよ」と呼ばれました。行ってみるとそのお客様がわざわざ神戸から高槻までお買い物にいらっしゃったのです。「異動になって間もないから不安やろう思って。知った顔見たら少しは安心するかなぁ思って来たで!」と。
確かに異動して間もないなか、慣れない環境と人間関係に戸惑っていたので良く知ったお客様と話すことが出来て少し不安が無くなりました。それから3日に一回くらいのペースで高槻まで電車に乗ってお買い物に来てくださり、いろいろと雑談や相談にのってもらうこともありました。
ですが、僕の為にわざわざ神戸から高槻までお越しいただくのも申し訳ないので「もうだいぶと仕事も慣れて順調にいくようになりました。高槻までわざわざ来ていただくのも申し訳ないです」と言いました。お客様も「それならええんやけど。じゃあまた尼崎に帰ってきた時にな」とおっしゃって下さいました。
毎日企業理念のありがとうカードを読んでいて「感謝」の中にある「わざわざ電車に乗って遠くからお越しになるお客様もいらっしゃいます」という一文に疑問を抱いていたのですが、3年目にしてようやく理解することが出来ました。 日々働いている中で僕の事を大切にしてくださるお客様がいて、そんなお客様も含めてすべてのお客様との出会いを大切にしながら一人一人と真剣に向き合い商売に取り組んでいきたいと思います。
2019年掲載
平成30年9月4日に日本に上陸した台風21号は関西に多大な被害を及ぼし、私の勤務地である尼崎道意店も停電の影響により2日間の臨時休業を余儀なくされました。当時は数時間経てば電気は復旧すると思っていました。次々と他店からの営業開始報告が上がり、私はしだいに焦りと不安な心境に変化していきました。
結局9月3日は復旧せず、17時に退社することに決まりました。私は一刻も早い復旧を願いましたが、願いは届かず、翌日の9月4日も復旧することは無く、無情にも時間だけが流れるだけでした。更に翌日の朝にも復旧のめどは立たないまま。その間メンバーは誰に言われることもなく、暗闇の中、黙々と店内の清掃に励み、折れそうな心をなんとか皆で助け合い、いつオープンできても良いように準備に懸命でした。
9月5日の昼頃、一人のお客様が来店され、「どうしても食べ物を売ってほしい」との声から状況は一変しました。専務が「売れるものを店頭に並べて売ろう!」と動き出しました。各部長、エリアマネージャーを始め、出勤している全メンバーで準備に取り組みました。
パンと飲料水を中心に売場を作り、価格もわかりやすく100円に統一しました。店外にはまばらではありますが人の姿もあり、我々の売腰が始まると1人が2人に、2人が3人に、みるみるうちに人だかりができていきました。
メンバーも驚きながらも次第に売腰に力が入っていきました。このようなスーパーはどこを探しても見当たりません。後日、常連のお客様から「停電の時の店頭販売が近所ですごく話題になってたよ!」と教えて頂きました。それを聞いたときに嬉しさ以上に、もっと地域や社会の役に立てるように努力をしようと思いました。
この3日間はとても貴重な経験でした。できれば2度としたくないですが、当たり前に商売が出来る感謝の気持ちを持って精進します。
2018年掲載
ある雨の日のことでした。いつもより少し暗めな店内で、私達従業員はいつも以上に明るく元気な声でお客様に接客していました。
そんな中、険しい表情をしたお客様が私の背中を強くたたいて呼び止められました。そのお客様は一言も声を発することなく無言でメモを指さし、私にメモを差し出されました。ふとお客様の顔を見ると、そのお客様は久宝寺店の常連の方で、いつも娘さんと買い物に来てくださっている方でした。耳の不自由な方で、いつも店内で手話をしているのが印象的だったので、声をかけられたのは初めてでしたが覚えていました。
私は母が手話通訳士で、小さい頃から自然と手話が身近にある環境で育ったので、反射的に「少しお待ちください」と手話で対応したところ、お客様は驚いた表情とともに、安心したような表情に変わり「OK!」と言われました。「何かお探しですか?」と聞くと「いつも娘と一緒に来ているけど、今日は一人で心細かった。チーズを買いに来たけど、いつもの種類が見当たらなくて…」とのことだったので、チーズ売場までご案内して一緒に探すと、商品は別のところに移動してあり、無事にお渡しすることが出来ました。
商品は無事に見つかったのでお客様に「他に何かお困りのことがあれば何でも言って下さい」と笑顔で対応すると「手話ができるなんて驚いた。本当にありがとう!君がいてくれてよかった!」と言って下さいました。普段何気なく接客をしたり仕事をする中で、『君がいてくれてよかった』と思って下さる人と出会えたことは感動的であり、私も手話が出来て良かったと思いました。
後日、娘さんとご来店されたお客様は私のことを覚えてくれていて、娘さんに紹介して下さり、その時の出来事を嬉しそうにお話ししてくれました。娘さんは健聴者で「お世話になりました。いつも一緒に買い物に来るのですが、その日はどうしても一緒に行けなくて心配していたのですが、笑顔で帰ってきたので安心しました。またよろしくお願いします」と丁寧にごあいさついただきました。
それからそのお客様はたまに一人でお買い物にいらっしゃる時には私に声をかけてくださり、店内で元気に手話で会話を楽しんでいます。スーパーで買い物だけを目的とするのではなく、私に会いに来て下さるお客様がいらっしゃるという事が、今の私の仕事のエネルギーになっています。
2020年掲載
豊中店の自動販売機もこの年をもっていよいよ幕引きとなり撤去の運びとなりました。私には老朽化したこの機械があまりにも物悲しくうつったため、機械に成り代わりご利用いただいたお客様にお礼の言葉を添えて貼りだしました。
中身は「皆様、長い間ご利用、ご愛顧賜りまして本当にありがとうございました。私も寄る年波には勝てず、この度、身を引く事となりました。暑い日も寒い日も変わらず可愛がってくださリ、ご恩は一生忘れません。これから寒い冬がきますが、ご来店のお客様におかれましてはこれからもご健勝でありますようにお祈り申し上げます。あなたの自動販売機よリ」という内容でした。
するといつ貼られたのか分からないのですが、一枚のメモが以下の様に貼られていました。「長い間お疲れ様でした。そしてありがとう。太陽照り付ける夏には乾いたのどを潤し、北風ふきぬく冬には冷え切った身体をあたためて元気をもらいました。どうぞごゆっくリお休みください。また会おう」
このメモを発見した時、人と人との心のつながリ、絆の大切さがしみじみいいもんだと感じました。
これからも打てば響く商売をしていきたいと素直に思えました。
2020年掲載
小学校3年生と1年生のお子様を連れて毎日鮮魚コーナーに立ち寄って下さるお客様がいらっしゃいます。昨今、魚離れが進む中、魚にとても興味を持ってくれていて、色々な質問や感想をくれます。いつの間にか「師匠」と呼んでくれるようになり、親しんでくれています。
先日、小学校の社会科見学で3年生のお子様も来てくれていて「この人俺の師匠やねん!魚の事何でも教えてくれるで!」と紹介してくれていました。その後、学校の作文とは別に個人的にお手紙を頂きました。その中には「いつも魚のこと教えてくれてありがとう。将来は師匠のような魚屋さんになりたいです。」と書かれていました。
今私がやっている仕事は日々の作業や売上げだけではなく、夢までも与えられているんだと気付きました。今でもその手紙は大切にしまっています。これからもこのようなエピソードが増えるように人の役に立てる「仕事」をしていきたいと思います。
2020年掲載
柄沢店がオープンしてから半年くらいたった頃、高齢のおじいさんが買い物に来られました。カゴには「ちょっと大きめのおはぎ」があリ、お買い上げ頂いて帰っていかれました。そのおじいさんは、その日からたびたびおはぎを買いに来店されるようになりました。
おじいさんは無口で無表情な方でしたので、何かお話できるきっかけを探していました。ある日、レジに来た時にいつも買うおはぎがカゴに入っていなかったので「今日はおはぎ買わないんですか?」と話しかけたところ「売り場になかったんだよ」と少し残念そうにおっしゃられたので咄嗟に「在庫を確認してきますね!」と言って冷凍庫に確認に行きました。
まだ解凍できていないおはぎを見つけたのでおじいさんに「凍ったままのおはぎですけど、こちらで良ければいかがですか?」とお渡ししたところ「じゃあ、それもらっていこうかな」と嬉しそうに購入して帰られました。それ以来、ご来店されるたびに「おはぎ用意しといて!」と頼まれるようになり、徐々に親しくなりました。
そんなやりとりが数ヶ月続いたある日、おじいさんと一緒にご家族の方が買い物にいらっしやいました。レジに来た時、私の顔をみてご家族が「いつもおじいちゃんがお世話になってます」とご挨拶して下さいました。「え?」と顔を上げると、少し照れ笑いされているおじいさんの隣で、ご家族が「いつも家でおじいちゃんが話すんですよ。ここの店員さんがとても親切にしてくれてるって。ありがとうございます」と話され、普段あまりしゃべらないおじいさんが、家ではよく私たちのことを話題にして下さっていることを初めて知りました。
そういえば、初めてご来店された時は無表情だったおじいさんが最近よくはにかむように照れ笑いされることが増えたと思い出し「ああ、少しずつ私たちに心を開いて下さっていたんだな」ととても嬉しく思い「こちらこそ、これからもよろしくお願いしますね」と和やかな空気の中でお買い物を済ませてお帰りになりました。
後日、おじいさんの年齢が96歳であったことも教えて頂きました。いつまでもお元気で美味しいおはぎを食べて欲しいなと思いながら、毎日おじいさんのご来店をお待ちしています。
また、これがきっかけとなり、このおじいさんだけではなく、他の高齢者のお客様に対しても親身になって接客できるようになりたいと思い始め、個人的に「認知症介護士」の勉強を始め、資格も取得しました。柄沢店は近くに養護施設や介助施設などがあり、高齢のお客様や障害をもったお客様も数多く来店されます。認知症を患っているお客様も施設の職員さんと一緒にお買い物にいらっしゃることがあリます。
接客する上で、きちんとした資格を持っていることがお客様にとっても、自分にとっても安心できるのではないかと思い、ただの店員ではなく「第二の家族」という感覚で接していただければ、これほどうれしいことはありません。これからもお客様の笑顔をたくさん見られるように、また、自分も笑顔をお客様に届けられるように接客していきたいと思います。
2021年掲載
satakeファンになってくれた男の子の話です。その男の子はいつもお母さんやおばあちゃんと買い物に来てくれており、以前から「こんにちは」など売り場で挨拶をしてくれる元気の良い子と知っていました。
ある日、いつも通りお母さんと買い物に来ていたようで、私が飲料の品出しをしていると私の近くに来てモジモジしているのです。私は「こんにちは」と声をかけ「どうしたの?」と聞くとまだモジモジしていました。すると近くにいたお母さんから「店長さんですよね?実はこの子、このお店でいらっしゃいませと店員さんが声を出して売っているのが好きらしく、家に帰り、一人でいらっしゃいませを言いながら手伝いや遊びをしているんです」「それでこの子と一緒にいらっしゃいませを言ってもらえませんか?」とお話しされました。私は「喜んでさせていただきます!」とお伝えし、男の子と一緒に「いらっしゃいませ!」を言いました。かえるの合唱のように私の声の後について同じように言ってくれました。
「いらっしゃいませ!」「今日は牛乳が安いですよ!」
その男の子は今でもご家族に連れられて来店して下さるのですが、お母さん曰く、「この子はsatakeに行くと言ったら絶対に来る」そうです。今ではすっかり私と遠くに離れた場所でも私の「いらっしゃいませ!」に続いてその子の声が聞こえてきたりします。
今日も来てくれたんだと私も嬉しくなります。このご家族の楽しいお買物の場を作ることが出来た瞬間だと感じました。これからも多くのファンを作っていきます。
2021年掲載
2020年の2月からコロナが発生し、とても忙しい日々でした。毎日たくさんの来客数と、店内もお客様がたくさんでした。全ての人がピリピリしていました。
オープンと同時に店内はお客様で溢れ、売り場の品出しもままならない日々が続きました。毎日が従業員の少ない年末のようでした。レジにもお客様がずっと並ばれているので、私たちは水分を取ることもままならず、お手洗いに行くことさえ難しい時もありました。
他部門の皆も品出しなどで大変な状況にもかかわらず私たちを気遣ってくれて、すぐにレジに入ってくれたりカート、カゴだし、お客様への声掛けをしてくれ従業員として当たり前のことなのかもしれませんがとても助かり嬉しかったです。
日々忙しくスタッフの疲れもお客様のピリピリ感もピークに達していく中、どうしてもお手洗いに行くことを我慢できなくなったスタッフがお手洗いに行き、レジが3台になってしまったとき、ある一人のお客様が「早くレジあけてよ!私たちをこんなところに閉じ込めて!いい加減にして!」と大きな声を出されました。
「申し訳ございません」「レジ応援お願いします」とその時はすぐに対応しましたが、大きな声でしたので周りのお客様もびっくりされ、レジを打つ手が一瞬止まるほどでした。正直私たちは心が折れそうな中で、歯を食いしばり必死の笑顔でレジを打っていました。
その様子を並びながら見ていたお客様が私のレジにお会計に来てくださった時に「ごめんね、私たちの為にお店をあけてくれているのに。ありがとうね。本当はあなたたちも不安でしょうに。あなた達がこんな大変な時にでもお店でお仕事をしてくれているから私たちは食べることに困ってないのよ。本当にありがとう。ごめんなさいね」と言って下さいました。
その優しさに心の中で「今私にやさしくしないでよ~。涙がでてしまうやん」と思いながら「温かいお言葉ありがとうございます。お互い大変ですが頑張りましょう。お客様も体調に気を付けてくださいね。私たちは大丈夫です。またのご来店をお待ちしております」と言って、お客様と涙を流し合いました。
どのお客様も不安な中、当店にお買い物に来て下さっている大切なお客様です。他のスタッフにもちゃんと私たちを気にかけて下さっているお客様がいる事を伝え、もう少し頑張ろうと話し合いました。
あれから一年が過ぎ、今でも飛沫対策のパーテーションやマスクを外すことは出来ていません。お客様もマスクを着用していますので声が聞き取りにくいことがあります。そんな中でもお客様へのお声がけ、接客用語をしっかり大きな声でハキハキと、マスクをしていても満面の笑みを忘れないように、ご来店くださったすべてのお客様を大切に思い、感謝の気持ちで日々接客を楽しんでいます。